17歳の谷原秀人は練習ボールを1つ1つ拭いていた
谷原秀人は現在43歳のベテラン選手。日本ツアーでは通算16勝の実績を誇り、海外のビッグな大会で優勝争いに絡んだこともある実力者ですが、私が初めて谷原選手に出会ったのは、彼がまだプロ転向する前の17歳のアマチュアだったころでした。
当時、谷原選手は知人のつてを頼って先輩プロたちのフロリダ合宿に特別に参加させてもらっていました。合宿先になっていた民家の玄関先で、彼は床にペタリと座り、大きな籠いっぱいの練習ボールを1つ1つ、黙々と拭いていました。
それから数年後、日本で再会したときにはすでにシード選手になっており、2004年には超難関のアメリカツアーの予選会を潜り抜けて2005年からのツアー出場権を手に入れました。
しかし、いざアメリカで戦い始めた谷原選手は成績不振に陥りました。真夏の練習場の片隅で、長い間、彼と立ち話をした日のことは、今でも私の胸の中に昨日のことのように刻まれています。
「ゴルフが上手くなりたい」その一心で世界にも挑戦し続けた谷原
「もう僕は何をやってもうまくいかないんです…」
谷原選手はそんな言葉を残し、シーズン半ばにして、逃げるように日本へ帰っていきました。
その翌年、2006年の全英オープンで谷原選手は世界の表舞台に舞い戻り、優勝争いに絡みましたが、5位に甘んじました。
2日目の8番で大きく左に曲げて見失ったボールを、「出てこい、出てこい」と祈るように念じながら一緒に探したときのことも私の脳裏に焼き付きました。
その翌年、2007年はマスターズに初出場しましたが、結果は予選落ち。彼は「悔しいっす」と、唇を噛んでいました。
歳月の流れの中で見聞きした谷原選手のそんな姿と言葉は、書き手である私の記憶と記録の中にすべてインプットされ、そののち、ことあるごとに紙芝居のように1つ1つ再現されることになっていったのです。彼に関するエピソードの数々はまたの機会に。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)