若い人が魅力を感じ、長く勤められるゴルフ場。2200万円の“無人芝刈り機”(以下無人機)がもたらしたものは、職場の省力化だけではありません。多くのゴルフ場が直面している人材不足を、長期的に解消する「職場のスター」的役割まで期待できそうです。
突然現れた無人芝刈り機
4月某日、夕暮れ時。栃木県の鹿沼カントリー倶楽部をプレーしたゴルファーたちが、クラブハウスの大浴場で、今日のゴルフを振り返っている頃。誰もいなくなったフェアウエーは、静寂に包まれていました。
そこに遠くから聞こえてきたのが、芝刈り機の音でした。
近づいてきた芝刈り機の運転席には、誰もいません。いきなりこんなシーンにでくわしたら腰を抜かすか、人によっては「芝刈り機が無人で暴走している」と通報するかもしれません。
もっとも、ゴルファーたちがコース上からすべて引き上げてから開始されるのが、この無人芝刈り機の作業。
そのため実際には起こりえない話ではありますが、無人機はコースを行ったり来たりしながら、フェアウエーをきれいに刈り込んだ後、次のホールのティーイングエリア脇でゆっくりと停止。この日の仕事を終えました。
ひと休みしている無人機をねぎらうように歩み寄ったのが、コース管理を担当する清水翔さん。
フェアウエー用の無人機2台が導入されるのにあたり、本格導入に向けてコース上でテストを行いながら、準備を重ねてきました。その作業がまさに、最終段階にさしかかっているところでした。
地元で生き生きと働くスタッフ
清水さんは、地元鹿沼市出身。父親も鹿沼グループに在籍していたことがあり、親子2代に渡ってゴルフ場に勤務されています。志望動機は職住接近。
「父の仕事もそうだったし、求人票を見て、近くていいかなと思って。家から車で3分です」
コース管理の仕事について、清水さんにうかがってみました。
「朝は4時前には起きて、5時にはコースに来ています。お客様が7時にスタートしますんで、それから逆算して、6時には作業を始めないといけません」
鹿沼CCは北コースのアウト・イン、南コースのアウト・イン、黄金コースが9ホールと、計45ホールもあります。ゴルファーたちは5か所あるスタートホールから7時にはスタートして、ホールを消化していくわけです。第1組のゴルファーが来たときに、ティーイングエリア、フェアウエー、グリーンを万全の状態に保つことが、清水さんたちコース管理の仕事です。
「コース管理といっても、最初はどんな仕事かも分かりませんでした。管理する仕事なんだろうな、と思っていたところ、私が入社した頃は機械も少なくて手作業も多かったんです。まだ1年目の時、グリーンモア(グリーン上の芝刈り機)を雑に下ろしたせいでグリーンを傷めてしまい、まっ茶っ茶にしてしまったことがありました。その時の心境ですか?吐きそうになりました。先輩からは『1年目だから仕方ないよ』と慰めてもらいましたが、当時は古いグリーンモアで、しかもグリーンが柔らかいから普通にやったら『かじり跡』(葉の部分をすべて刈ってしまうこと)がついちゃうんです。その後『技術が必要だから』とやり方を教えてもらってきれいに刈れるようになりました。それからは、仕事が楽しくなりましたね。コースがすごくきれいに仕上がった時の達成感もありますし」
10年のキャリアを経て、すっかりプロの顔になった清水さんが現在取り組んでいる仕事。それは、今年栃木県内に本社がある企業として初めて導入された、『バロネス無人芝刈り機 ULM271』の調整作業です。
省力化のエース
この無人機には、通常作業と同様に、人が機械に乗って作業を覚えさせる「ティーチ・マップ方式」が採用されています。スタッフがこの無人機に乗って通常の作業をすれば、機械にセットしたUSBメモリーに記憶されるわけです。
走行経路だけでなく、モアユニット(芝刈りユニット)のアップダウンや車速、エンジン回転数など、すべてを無人で再現していくというから驚きです。
しかし、実際に自動運転をさせてみると高い木の周辺で電波が微弱になる場所があり、そこで停止するケースも発生。導入を前に、細かい軌道修正をする必要が出てきました。
「そのために(パソコン上のマップに表示されている)マス目に(ティーチデータの)修正箇所を組み入れて、メーカーに送り返して、また戻ってきたものを実際に使ってみて確認しています」(清水さん)
これまでは最終組がプレーした後のホールの芝を順に刈っていくしかなく、日没までに猛スピードで作業しても9ホールが限度でした。しかし、この無人機は人間と違い、日没後にコースが見えなくてもメモリを頼りにした夜間作業が可能。導入後は作業速度を落とし、機械に負担をかけずに無人で行うことができます。
「(フェアウエーの芝刈り担当者は)これまで行っていた作業を、別の作業に振り替えられるわけです」(無人機の製造元・共栄社の担当者)
そして何よりも良くなるのがコースの状態。
「鹿沼CCの場合はフェアウエーに順目・逆目の癖をつけないために、左右交互回りに刈るようにしています。45ホールに5日間かかっていましたが、無人機2台の導入により、3.5日に短縮できます。週に2回のペースでフェアウエーを整備できますし、苅込データを再現する精度もプラス1.5センチと、熟練したスタッフの5~10センチをはるかに上回ります。仕上がりはきれいになりますし、芝の育成にもいい影響が出ます」(鹿沼グループ・コース管理統括部の橋本進部長)
DX化の真の意味は優良な人材獲得と定着
1台2200万円は、有人の芝刈り機の倍。その無人芝刈り機が2台投入されたことにより、45ホールのフェアウエーを刈る業務の代わりに、別の作業をする時間ができるというメリットが生まれるわけです。
それ以外に、もっと大事なものがあります。ゴルフ場がこうしたDXを積極的に行うことで人間の仕事が減る、と考えるのではなく、新たな仕事を創出していくことであるとも考えられます。そういう職場が若者にとって魅力的に映り、長期的な人材確保につながっていくというわけです。
この日、無人芝刈り機と寄り添う清水さんの仕事ぶりは、本当に生き生きとして楽しそうでした。
「ゴルフ場の仕事は、一つの仕事じゃないんです。いろんな種類の仕事があるのが魅力ですね」(清水さん)
ここで見逃せないのが、鹿沼グループが鹿沼CCだけでなく、鹿沼72、栃木ヶ丘GCと3コースを運営しているスケールメリットです。
フェアウエーを刈る作業に熟練し、その技術を無人機に覚えこませるスタッフも鹿沼グループの社員であり、新たに吸収される情報や技術もグループ内で共有されます。
機械を入れただけでなく、組織を整備し、オペレーション対応もしっかりやっていく。それによりグループ全体の魅力を増幅させ、魅力的で優秀な人材を獲得していくという好循環が期待できる。その積極姿勢をグループの内外にアピールする決意が、無人機2台の投入に表れているように思えました。
取材・構成/小川 朗(日本ゴルフジャーナリスト協会会長)