スタート時の選手を紹介するアナウンスですが、日本とアメリカではちょっとやり方も雰囲気も異なります。今回は、そんなスタート時のアナウンスで起きた松山英樹に関するお話です。
スタートコールされたらお辞儀をする日本人の美学
アメリカのゴルフを25年間、現地で取材した私は、2019年から日本に拠点を移しました。そして、日本の女子ツアーの試合会場を半世紀以上ぶりに訪れた際、日米ゴルフのさまざまな違いに少々驚かされました。
>>しゃべらない男・松山英樹を作り上げたのは強さへのこだわり
日本のほうがいいなと思われるものもあれば、アメリカのほうがいいなと思われるものもあり、どれも新鮮な発見だったのですが、どちらが「いいか悪いか」ではなく、単純に「異なる」ものもありました。その1つが、これからスタートしていく選手たちを1番ホールのティグラウンドで紹介するアナウンスの仕方でした。
日本の女子ツアーで目にしたスターターは、1番ティの後方に設置されたテントの中の椅子に座り、机の上のマイクに向かって、真剣で真面目ではっきりした口調で、選手の名前を呼んでいました。
ティグラウンド上に立って待機していた選手は、自分の名前がアナウンスされるやいなや、周囲にいたギャラリーや関係者に向かってきっちりとお辞儀をして挨拶し、それからショットに入りました。それは、礼儀を重んじる日本人らしい、厳かなスタート風景だなと感じられるものでした。
それならば、その日本らしさとは異なるアメリカ流のスタート風景は、どういうものかと言えば、多くの場合、日本のような生真面目さは感じられず、お祭りのような賑やかさに溢れています。
スターターの口調も、アナウンサー的ではなく、エンタテイナー的で、しばしばジョークも交えられます。
座ってアナウンスするのではなく、ハンドマイクを手に握り、ティグラウンド上に歩み出て、右手を振ったりかざしたりの大袈裟なジェスチャーを交えながら、「さあ、みなさん!」と大きな声で呼びかけ、ロープ際のギャラリーの注意を喚起する。まるで、ボクシングの試合が始まるときの「赤コーナー」「青コーナー」の紹介かと思うことがあるほどです。
松山英樹が全米オープンチャンプとコールされた?
アメリカのスターターは、アナウンサーというよりエンタテイナーの雰囲気。その内容も結構詳しく、選手のメジャー勝利数や通算勝利数、達成した年まで伝えるなど、ちょっとしたプロフィール紹介のようになることもあります。
しかも、ダラダラと棒読みするのではなく、抑揚をつけながら魅力的に伝えるというプロのワザを披露。すると、ギャラリーから割れるような拍手喝采が起こり、それが「ザ・ショータイム」の幕開けの合図になるのです。
しかし、そんなアメリカの凄腕のスターターたちでも失敗はするもので、2021年8月のBMW選手権の2日目には、松山英樹のスタート時に、こんなハプニングがありました。
「今年の全米オープン覇者、ヒデキ・マツヤマ!」
そんなアナウンスが流れると、ティグラウンド上で素振りをしていた松山選手は「えっ?」と驚きの表情を見せました。なぜなら、松山選手は全米オープンではなくマスターズの覇者だからです。しかし、自分のミスに気付いたスターターの素早い対処に思わず苦笑させられました。「あ、マスターズだ!ごめんなさい、マスターズだ!」
スターターが、そんな声を上げると、松山はクスッと笑いながらスイングするための構えに入ろうとしました。しかし、スターターはさらに言葉を続け、「ネクスト・イヤー!(来年!)」と叫んだのです。
「来年は全米オープン・チャンピオンになってね!」という意味を込めて叫んだスターターの「来年!」の一声は松山をさらに笑わせ、周囲も笑いの渦に巻き込みました
そうやって自分のミスを選手への激励に早変わりさせてしまったスターターの機転と対処は、これぞプロのワザ。アメリカらしい風景だなと感じさせられた一場面でした。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)