松山英樹よりも前にPGAツアーで最も活躍したアジア人として知られているのがY・E・ヤンです。今回はそんなヤンの人間味溢れるエピソードです。
全盛期のタイガーを破ったヤンは本当に強かった!
タイガー・ウッズがメジャー大会を制した瞬間を、私はいつも目の前で眺めてきましたが、だからこそ、ウッズがメジャー大会でまさかの敗北を喫した場面は、鮮明に脳裏に焼き付いています。なかでも2009年の全米プロは、ウッズの衝撃的な敗北でした。
首位または首位タイでメジャー最終日を迎えたら必ず勝つ。それは王者ウッズのメジャー優勝へのシナリオでした。しかし、あの2009年全米プロでは、王者ウッズが韓国出身のY・E・ヤンに敗れ、ウッズ必勝のシナリオが初めて狂ったのです。
ヤンは韓国の野菜農家の8人兄弟の4番目に生まれ、ずっとボディビルダーを目指していましたが、膝を痛めて断念。ゴルフに転向したのは19歳のときでした。
1997年に韓国ツアーで新人賞に輝き、2年間の兵役を務めた後に2004年からの3年間は日本ツアーで4勝を挙げました。
アメリカツアー参戦を開始したのは2008年。そうやって世界を転々とした苦労人のヤンが王者ウッズとメジャー大会で優勝を競い合い、王者を負かしたことは驚きの結末でした。
綺麗な英語じゃなくても気持ちがあれば伝えられる
最終日、最大の転機は14番でした。ヤンがバンカーの淵から打って直接カップに沈めたチップイン・イーグルは見事でした。
しかし、私の脳裏に最も鮮やかに焼き付いているのは、優勝会見でヤンが必死に英語で答えた1シーンです。
通訳を介したやり取りにイライラしていたアメリカ人記者が、「キミは本当に英語が一言もしゃべれないのか?」と声を荒げると、ヤンは突然、たどたどしい英語で、「タイガー、エイティーン、チップイン、ノーノー、アイ・プレイ、プリーズ」と言ったのです。
それは、18番でウッズが3打目をどうかチップインさせないでほしいと心の中で祈っていたことを意味していました。
ヤンのブロークン・イングリッシュは、彼の必死の心の叫びが伝わってくるようで、会見場を笑いの渦に巻き込みました。
ウッズの敗北のショックが、そういうヤンのユーモラスな対応によって癒されたあの日のことは、今でも鮮明に思い出されます。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)