これからのゴルフは、もっと身近に、もっと楽しく。

FOLLOW AS

写真:Getty Images

COLUMN

SERIES

女王だったロレーナ・オチョアが強かったわけ【舩越園子 ゴルフの泉】

2022.04.30

ゴルフジャーナリストの舩越園子さんがPGAツアーを中心に長年のゴルフ取材中に見聞きしたこぼれ話を紹介します!今回は、2000年代にアメリカの女子ツアーで女王に君臨していたロレーナ・オチョアが強かった理由に迫ります。

アメリカ女子ツアーの女王 ロレーナ・オチョア

 一昔前、女子ゴルフ界にはロレーナ・オチョアという女王がいました。オチョアが女王になる前まではスウエーデン出身のアニカ・ソレンスタムが、長年、女王の座に君臨していましたが、ソレンスタムの王座を引き継いだのが、メキシコ出身のオチョアでした。

 オチョアはゴルフの名門と言われるアメリカのアリゾナ大学へ留学後、2002年にプロ転向。それから下部ツアーで腕を磨き、一流の舞台であるLPGAでは、デビューからわずか4年で賞金女王に輝きました。

2006年シーズンで初めて賞金女王になったときのロレーナ・オチョア 写真:Getty Images

いい人だから強かったオチョア

 2008年に、26歳の若さでアメリカの女子ゴルフ史上4人目の4週連続優勝を達成したオチョア。そのオチョアのプレーを眺めていた時に日本の新聞記者から、「オチョアって、なんでこんなに強いんですか?」と尋ねられました。

 「いい人だから」。私がそう答えたら、新聞記者は、「またまた、ご冗談を!」と鼻で笑っていました。でも、私は冗談ではなく本気で、「オチョアはいい人だから強い」と答えたんです。

 もちろん、彼女はパワフルなドライビングと正確性の高いアイアンショットを身に付けていました。技術があるから強いことは言うまでもない。でも、技術は持っているだけではダメで、肝心なときに発揮できなければ意味がない。

 タイムリーに技術を発揮するためには、強いメンタリティが必要です。そして、メンタルが強い人は心が優しい。優しくなければ強くなれない。

 だから、オチョアの人一倍の優しさこそが、彼女の強さだと私は思っていました。

ラテンのヒロインだったオチョア

ともに民族の英雄だったタイガー・ウッズとロレーナ・オチョア 写真:Getty Images

 オチョアは忙しい試合の合間にも、アメリカのゴルフ場で働いている大勢のメキシコ移民を訪ねて激励していました。25歳の誕生日にはコースメンテナンスのメキシコ人作業員たちからサプライズのケーキが贈られ、オチョアは涙ぐんでいました。

 「私は母国の人々のために勝ちたい。勝つ姿を見せて、みんなに元気と勇気を抱いてもらいたい」

 男子ゴルフの王者はタイガー・ウッズで、女子ゴルフの女王はオチョア。どちらも群を抜く勝利数や記録を誇り、そして、どちらも「民族の英雄」でした。ウッズはアメリカのマイノリティのヒーロー、オチョアはラテンのヒロインでした。

 まだまだこれからと思われていた2010年5月、オチョアは28歳の若さで突然引退を宣言し、「母国で結婚して子育てをしたい」と言って、まるで風のようにプロゴルフの世界を吹き抜けていってしまいました。でも、オチョアという名のあの風は本当に温かい風でした。

 そして、彼女があんなにも強かったわけは「彼女がいい人だから」だと、私は今でも信じています。

文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)

女王だったロレーナ・オチョアが強かったわけ【舩越園子 ゴルフの泉】

LET’S SHARE

  • line

RANKING

AYA&ジョージ武井のStart up!ゴルフ

ゴルフSNSアプリ「Golf in one」

FOLLOW AS

  • youtube
  • instagram

pagetop