多摩ヒルズという特別な場所での練習が許された「多摩キッズ」の面々。その中には今年の全米女子アマを制することになる馬場咲希の姿もあった。(4回シリーズの最終回)
子どものゴルフは「走るゴルフ」
多摩キッズで行われている練習の中でも、アプローチの練習は独特だ。
子どもがアプローチショットをするときのターゲットは、村本さんのつけている野球のグローブ。そのグローブで村本さんがキャッチできる範囲に行かなければ、子どもにはすぐさまダッシュメニュー(ダッシュしてボールを取りに行くメニュー)が加わる。
藤井さんが解説する。「子どもたちはランニングしながら、『次はうまくやるぞ』と思う。練習しているうち、お互いの間に闘争心も出てくるんです」。
さらに村本さんが、こう付け加えた。「多摩ヒルズはアップダウンがあるので、走力が必要になります。グリーンをオーバーしても走っていかなければいけない。大人のゴルフはカートが使えますが、子どものゴルフは走るゴルフ。そのシミュレーションもあって、メニューは基本、走ることが中心になっています」。
飽きさせないメニューの連続
単調な練習にならないよう、様々な工夫が凝らされている。
「子供たちは飽きちゃうので、1メニュー15分くらいのもうちょっとやりたい、というところで終わるようにしています。子どもたちのリクエストに応えてやることもあります。例えば『ドラコン』と呼んでいるメニューは、小学生は9番アイアン、中高生はPWで、バックスイングなしでボールをフェースに乗っけて飛ばすんです。これがブームになっている子供たちがいて、暇さえあればそれをやっていますね」と村本さんが言えば、藤井さんもこう付け加えた。「パットはだんだん短くしていくA・B・C・Dの距離を順番にやるのですが、途中で外したら腕立てとか」。
現在は5人程度の規模だというが、一時は10人近くまで膨れ上がった。この時に馬場咲希も在籍していた。
「特別うまかったというわけではないですが、来た時から足が速く、ボールは飛んでいました。それからものすごく負けず嫌い。短いパットを外したら、自分を許せないのか、次のホールに行っても悔しがっていましたね。小4年から中1くらいまでいましたが、同年代の子どもたちがいたので、切磋琢磨しながら、タイミングよくうまくなった感じですね」。
すでにプロ入りしている宮田成華もこの多摩キッズ出身。現在在籍しているジュニアたちも、馬場とともに今年の世界女子アマ選手権に出場した上田澪空ほか、報知女子ジュニアや世界ジュニアを制すなど、すくすくと育ってきている。
数学者ポール・エルデシュの教え
長年にわたって、子どもたちを応援してきた村本さんのエネルギーはどこにあるのか。
「私は子供の頃、本当に体が弱かったんです。でも少年野球で鍛えてもらって、人並みに動けるようになった。そのことにすごく感謝しているんです。でも時がたってみると、その時の監督やコーチに直接お礼をするのは難しい。それなら、次の世代に違う形で恩返しをしようと思うようになりました。そんな時にゴルフで恩返しをしたいと思ったんです」。
さらに村本さんは、こう付け加えた。
「ポール・エルデシュという大数学者がいます。彼の教え子の数学者たちが、いろいろな賞を取って賞金を取ってきて、エルデシュさんと分けようと持ち掛けたそうです。しかし、当のエルデシュさんはそれを全部断って、『それは次の世代を育てることに使いなさい』と言い続けて、数学を広めた方がいらっしゃるんです。素晴らしい考え方だし、私もそういうことをやりたいな、と思ったんです。あと、エルデシュもそうだと思いますが、自分がうまくなるためのメニューに、子どもたちにも付き合ってもらっている感じですかね」
藤井さんは、そんな村本さんの言葉に、うなずきながらこう言った。
「群馬県にも、村本さんと同じように、ジュニアの指導にあたられている小池丈晴さんというプロがいます。近隣のジュニアを集めて試合をしているんですが、そこでの試合にも、村本さんは奥さんと一緒に子どもたちを連れて行って、サポートしてくれています。私が怖い校長先生役をして、村本さんが優しく子供たちを指導してくれる。それでここまで続いているんだと思います」。
「多摩キッズは、ゴルフスクールというよりは、地域のコミュニティーといった方がいいのかもしれません」(村本さん)
その多摩キッズの「生みの親」と「育ての親」の絶妙なコンビネーションの中で、選手たちは育ってきた。今後も「多摩キッズ」から、素晴らしいゴルファーたちが育っていってくれるに違いない。
文/小川 朗(日本ゴルフジャーナリスト協会会長)