ゴルフ界の悲願とも言えるのが、「学習指導要領にゴルフを入れる」というテーマです。多くの関係者がその夢を抱き、思い半ばにして挫折してきたこの問題に、あえて挑戦するのが日本プロゴルフ協会と千葉県の市原市です。指導要領の改訂はおよそ10年ごととあって、次は2028年前後だとみられています。まだ5年あるとは言っても、その実現にはいくつものハードルがあるだけに、のんびりしてはいられません。まず、市原市はなにをするべきか。文部科学省を直撃すると、最初の越えるべきハードルが見えてきました。
市原をゴルフの聖地に
市原市には国内最多である33のゴルフコースがあり、これまでも「ゴルフの街いちはら」としてスタンプラリーやゴルフの初体験イベントなど、多くの企画を発信してきました。
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昨年暮れには小出譲治市長が会見の席で、「市原を『ゴルフの聖地』と呼ばれるようにしたい」と高らかに宣言。3月27日には小・中学生128人が参加する「第1回市原ジュニアゴルフオープン」が、33コース中最も古い姉ヶ崎カントリー倶楽部東コースで開催されることが決まっています。
前出の小出市長は、「この大会を通して、真剣にゴルフに取り組む子どもたちに、本市ならではの魅力的なゴルフ環境を提供するとともに、世界で活躍するゴルファーを次々に輩出できるようにしたい」と、力強く決意表明をしました。
PGAとの連携
その市原市は次のステップとして、5000人を超えるプロゴルファーが属している日本プロゴルフ協会(PGA)と連携することを発表しました。千葉地区には671人のプロがPGAに在籍していますが、そのうち58人が市原市在住です。このプロたちがジュニアたちをサポートすることになるわけです。
PGAの吉村金八会長は1月31日に市原市役所で行われた記者会見で、「ジュニアゴルファーの育成活動は重要課題。この協定の締結によりジュニア育成活動がさらに推進し、将来、学校教育でもゴルフの授業が行われることを願っております」と語っていました。
小・中学校の体育授業にゴルフが採用されれば、多くの子どもたちがゴルフを身近に感じてくれ、大人になってもゴルフを続けてくれる可能性は確実に高まるはず。ゴルフ界には、現在よりも明るい展望が開けることになります。そのためにはまず、10年ごとに見直されている「学習指導要領」にゴルフが加えられることが必要になります。
最初の挫折
しかし、超えるべき壁は、低いものではありません。実は過去に少なくとも2度にわたり、ゴルフを学習指導要領に入れようという大きな動きがありました。1度目は1990年頃。九州でその動きが活発化しました。当時、福岡と熊本で子どもたちを指導した平木伸一さんが、当時を振り返ってくれました。
「文科省で指導要綱にゴルフが体育の選択科目になるために、学校現場での専門指導者がいないことや指導方法のノウハウがない問題点が指摘され、その解決の為に福岡県と熊本県の中学校、高校10数校の授業をさせて頂きました。(現場で)数々の問題点、例えば施設や用具、指導方法等を見つけ出し、解決して文科省の保健体育委員の先生に報告した経験があります」
しかし、結局ゴルフが学習指導要領に入ることはなかったのです。何が問題だったでしょうか。平木さんが当時を振り返ってくれました。
「やはり一番の障害は指導者の問題です。現場の先生方は学校におけるゴルフの授業の経験が無く、授業に取り入れる事に難色を示して取り入れてくれない事でした。やはり教育学部に、ゴルフの指導者を養成するシステムがない限り難しいと感じました。あとは、皇室関係とか財界にパイプがあるJGA(日本ゴルフ協会)が本気になってくれないことには難しいな、とも思いましたね」
それから4半世紀近くたった2014年。再び本気の取り組みが始まります。この年、PGA(日本プロゴルフ協会)の会長に就任したばかりの倉本昌弘氏が、指導要領にゴルフを組み込めないかというチャレンジを開始しました。
しかし再び、その試みは失敗に終わりました。倉本会長は当時の文科省関係者から、「他のスポーツは10年以上、何度も来て要請していますが、ゴルフは1度も来ていませんね」と冷たく言われたそうです。
さらに、「小学校の授業では棒切れを振るのも基本的にはだめ。あとは指導要領に従った指導者用の指導書を作れとも言われて、それは難しいな、となって」、結局、断念という流れになったそうです。「授業に入るなら教員免許がないとダメ。放課後の部活ならできるんだけど。まずその問題もクリアしていかないと」と、当時の厳しい状況を明かしてくれました。
3度目の正直
あれから9年。4期8年の長期政権を築いた倉本会長の後任である吉村金八会長が、指導要領入りへの再チャレンジを表明したわけです。その決断については、倉本前会長をして「大賛成」と言い切ります。
それは各地で、9年前とはちがう状況が生まれつつあるからです。倉本前会長も地元・広島でスナッグゴルフの普及に努め、「今や144ある小学校のうち、100校以上にスナッグを置いています」と胸を張りました。「そうやって、地道にやっていくしかないんです」と、今後の展開も「継続は力なり」であることを強調しています。
まずは中央教育審議会メンバーへのアプローチ
実際のところ、2028年ごろの改定に向けては、答申が前年であることを考えればのんびりはしていられません。今、市原市がやるべきことは何なのか。文部科学省の関係者を直撃すると、こんな答えが返ってきました。
「(指導要領改訂の作業は)まず大元の会議から進んでいきます。それは中央教育審議会です」
しかし、別の関係者によれば、「まだメンバーも決まっていませんし、いつ始まるかも分かっていません」と、まだ本格的な動きは始まっていないことを明かしてくれました。
となれば、今やるべきことは1つ。最初に登場した文科省の関係者は、こう言って締めくくりました。
「これまで採用されたタッチフットボールとかタグラグビーのように、それまでにあったものに関連付けて、より効果的な学習であるという実績を残しながら検証していくという流れになっていくのでは」
市原市の教育現場で、ゴルフの実績を積み重ねて検証していく。それが今年、市原市とPGAが密接に連携してやるべきことであることは間違いありません。
文/小川 朗(日本ゴルフジャーナリスト協会会長)