病気や怪我が原因でツアーを離脱する選手がカムバックすることは、並大抵の努力ではできません。ただ、それを伝える側であるメディアは、その内容を美化し過ぎる傾向があります。今回は、ツアーにカムバックすることが、当の本人にとっては至極当たり前のことをしているだけなのだと気づかされたお話です。
PGAツアーにはカムバックをたたえる賞がある
アメリカツアーには、病気やケガを克服して見事なカムバックを果たした選手をたたえるカムバック・プレーヤー・オブ・ザ・イヤーというアワードがあります。
右腕の手術を乗り越え、1997年に戦線復帰してツアー通算7勝目を挙げ、1998年にカムバック・プレーヤー・オブ・ザ・イヤーを受賞したビル・グラッソンという選手がいました。
復活のストーリーを尋ねたくて、私は彼に声をかけ、その返答に驚かされました。
「復活と言っても、別に初めてのことじゃない。だって、僕にとって去年の手術は11回目だからね。腰の痛みは慢性的だし、両腕、両足、両ひざ、両手首。鼻炎を治療する手術も受けて、僕の体は手術のあとがいっぱいです」
絶大なる飛距離を誇っていたグラッソンのゴルフはとてもダイナミックでした。
プライベートジェットでの移動がまだ珍しかった1990年代に、自ら操縦桿を握って颯爽と空を飛んでいたグラッソンが、その陰で11回もの手術を経験していたとは想像すらしていませんでした。
家族のために働く。当たり前のことをやっているだけ
その後、グラッソンはシード落ちしてしまいましたが、数年後には予選会を勝ち抜き、2004年に再びアメリカツアーへ戻ってきました。
「その後、手術は?」と尋ねると、グラッソンいわく、「1年前に両足、2か月前に鼻。手術は合計19回になったよ」。
満身創痍のグラッソン。「そこまでして頑張ろうと思うのは、なぜなのですか」と尋ねると、グラッソンは真面目な顔で、こう答えました。「3人目の子どもは、まだ4歳。もうしばらく我が家の食卓に食べ物を並べるために、僕が頑張らなくてはいけないんだ」。
働いて、お金を稼いで、食べ物を買って、食べて寝て、また働く。アメリカの一流プロゴルファーの中に、人間の当たり前に生きる姿勢を初めて見た思いがしました。それ以来、選手たちがとても身近に感じられるようになりました。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)