外国のプロゴルファーたちの家族に対する愛情は、時にプレーすることよりも優先されることがあります。今回は、2017年のマスターズ開幕直前に起きたダスティン・ジョンソン転落事故の背景にあった家族愛の話です。
マスターズ開幕直前にダスティン・ジョンソンが階段から転落
ゴルフの世界では「えっ、ウソでしょ?」と思わず耳を疑いたくなるような、ウソのような本当の話にときどき出くわします。
あのときもそうでした。2017年のマスターズの開幕前日の水曜日のこと。優勝候補の筆頭に挙げられていたダスティン・ジョンソンが、「階段から転落して故障。明日からの試合出場が危ぶまれている」という第一報が飛び込み、オーガスタ・ナショナルのメディアセンターは騒然となりました。
出場3試合連続優勝を果たした勢いのままマスターズを迎えていたジョンソンは、「キャリアで最高の絶好調だ」と言い切るほど好調でした。だから優勝候補の筆頭に挙げられ、ジョンソン自身もマスターズ初制覇を目指して闘志を燃やしていました。そのジョンソンが、よりによって開幕前日に、階段から転落して故障したなんて「ウソでしょ?」と、みな信じられず、メディアセンターでは、さまざまな噂や情報で、ごった返していました。
アメリカのあるラジオ番組のレポーターは、「ジョンソンはソックスを履いていたから階段で滑った」と伝え、聞いていたメディアセンターの記者たちは思わず苦笑しました。
しかし、面白半分にジョークにしてはいけない話です。そう、ジョンソンの転落事故の背景には、こんなストーリーがあったのです。
ジョンソンの深い家族愛
その民家にはジョンソンの婚約者ポーリナさんや当時2歳の息子テイタムくんも滞在していました。ジョンソンがジムでトレーニングを終えて民家の2階の部屋に戻ってきたとき、外では激しい雨が降り出しました。それは、近所へ車で出かけたポーリナさんとテイタムくんがちょうど帰ってくるタイミングでした。
ジョンソンは玄関の前に停めた自分の車を少しずらして、2人が乗った車がドアの正面に停められるようにしてあげようと思ったそうです。ドアの正面に車を停めれば、2人は雨に濡れずに家の中へ入れる。外は、ほとんど嵐。「もう帰ってくるな。急がなきゃ」
ジョンソンは大慌てで階段を降り、そして滑って転んでしまった。ジム帰りの格好のままだったので、確かにソックスは履いていました。でも、ソックスを脱ぐ間も惜しんで階段を降りた背景には、ポーリナさんとテイタムくんを想うジョンソンの深い家族愛があった。それが真相でした。
翌日。ジョンソンはスタート直前に自ら棄権を申し出ました。悔しかったことでしょう。でも、その悔しさはきっと、ポーリナさんとテイタムくんとの家族愛によって癒されたと思います。
だから、その後もジョンソンは強い。いや、一層強くなったのだと私は思っています。
文/舩越園子(ゴルフジャーナリスト)